Part 1 これからの日本の「老後」を考える
金融庁総務企画局 市場課長 小森 卓郎 氏

ライフスタイルの多様化で「老後」はこう変わる

従来、多くの方がイメージを共有していた「老後」の生活は、比較的シンプルに描くことができました。60歳でリタイアして退職金が入り、人によっては親世代から資産を相続する。そこに貯蓄をあわせて「リタイア後の生活資金」を確保し、老後はその資金を取り崩しながら年金生活を送るというのが一般的だったと言えるでしょう。しかし、このような「イメージしやすい老後の生活」は過去のものになりつつあります。

近年はリタイア後のライフスタイルの多様化が大きく進んでいるのです。ここでは、大きく5つのポイントについて退職世代のライフスタイルの変化を示すデータを見てみましょう。

1. 資産・所得の分布

退職世代の金融純資産額や年収はさまざまで、金融純資産が2,000万円以上の世帯が35%いる一方、負債超過となっている世帯も9%存在します。収入については、年収が1,500万円以上の世帯が10%であるのに対し、200万円未満の世帯も23%存在するなど、世帯により大きな開きがあります。

2. 就労状況

総務省の「労働力調査(詳細集計)」(2016年)によると、60代前半は非正規雇用や自営業の割合が現役世代よりも高く、正規雇用で働いている方も含めるとおよそ6割の方が働き続けています。60代後半以降になると自営業主以外は退職する傾向にありますが、おそらく今後は雇用形態の多様化のもとで60代後半以降も働き続ける人が増えていくのではないかと考えられます。

3. 健康状態

健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間は「健康寿命」といわれます。日本人は寿命の延びに伴って健康寿命も延びていますが、一方で要介護認定者や認知症患者も年々増加しています。2012年時点で認知症患者数は462万人でしたが、2035年までには920万人にまで増加し、その数は65歳以上の方の4分の1を占めると推計されます。

4. 世帯構成

世帯主が60歳以上の世帯については、世帯構成は大きく「高齢夫婦2人」「単身」「2世代」「3世代」に分けられます。また、たとえば単身世帯であっても性別や子どもの有無、既婚・未婚、子ども世帯の所在地などによって家庭環境は異なります。総務省「国勢調査(2015年)」のデータを見ると、「高齢夫婦2人」の世帯が31.7%、「親と同居」の世帯が2.6%、「単身」世帯が30.4%で、これら「高齢者のみの世帯」全体は64.7%にのぼっています。一方、「子どもと同居」の世帯は25.9%です。「子ども及び親と同居」、つまり3世代同居の世帯も4.2%存在しています。

5. 多様化の進展の可能性

現役世代、つまり「将来高齢者になる世代」は、多様化がさらに進むとみられます。たとえば現役世代においては、非正規雇用比率や未婚率が上昇傾向にあります。働き方や家族のあり方を「一般的なパターン」でとらえることはできなくなりつつあるわけです。また、従来は所得再配分の機能を一定程度果たしてきた退職給付金額は減少傾向にあり、年金の所得代替率も低下する見込みです。つまり、格差を是正する力は社会全体で弱まっているといえます。

このように、従来よりもライフスタイルが多様化した時代には、これまで「退職世代」と呼ばれていた年代の方々のライフイベントも多様化しつつあると考えられます。特に「働き方」「家族のあり方」については、これまで以上に60歳を超えて長く働き続ける方が増えたり、非正規で働く子どもや未婚の子どもと同居を続けるケースが増えたりしていくことも想定できます。働き方や家族のあり方が変われば住居についても、たとえばリフォームや持ち家から賃貸への住み替えなど、検討すべきポイントが増えるかもしれません。

こうした変化のもと、退職世代に向けた金融サービスも多様化への対応が求められていると考えられます。

長寿化の進展によるライフスタイルの変化

資産額とライフイベントのイメージ 従来想定されていたライフスタイル

出所: 金融庁が作成

先にも触れたとおり、従来の家計の資産は退職や相続によって大きく増え、年金生活に入ってからはそれを取り崩していくと想定されていました。しかし長寿化が進み健康寿命も延びていることをふまえれば、働く期間を延ばしたり資産運用に取り組んだりして、資産の寿命も伸ばしていくことを考える必要があります。
たとえば働いている期間については、勤労収入に加えて運用による利益を確保していく重要性が高まってきているといえます。たとえば、企業型確定拠出年金や加入対象者が拡大したiDeCo(個人型確定拠出年金)の活用が期待されます。
退職金の受け取り方についても、現在は多くの方が「一時金」で受け取っていますが、運用を継続できる「年金受け取り」が増えてもいいかもしれません。

退職金を一時金で受け取った場合には、寝かせておいて少しずつ取り崩すのではなく、資産を有効活用して「運用しながら取り崩す」ことも考えたほうがいいかもしれません。そのため、こうした資産活用ニーズに合った金融商品やサービスの発展が望まれます。また、世帯主が60代の世帯の資産構成において6割以上を住宅資産が占めていることを考えると、住み替えやリバースモーゲージなど住宅資産の活用も考えていく必要があるでしょう。さらに「長寿への備え」として保険商品の活用や、円滑な資産継承のための金融サービス活用を検討する必要がある方もいるかもしれません。

このような背景のもと、高齢投資家のきめ細かな保護のあり方、高齢者の方の立場に立ったアドバイスができる金融サービスの担い手のあり方や、成年後見人による資産管理のあり方など、高齢者の方が安心して資産の有効活用を行えるような環境整備について議論が深まっていくことが期待されています。

小森 卓郎 氏
金融庁総務企画局 市場課長

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