LETTER TO CEO 2017

2017年3月6日

当社はこの数年に亘り、世界を代表する企業の経営者の皆様に書簡をお送りしています。当社のお客様の多くは、リタイアメント後の生活資金や子供の教育資金など将来に備えて投資を行っており、企業にとって最も重要なステークホルダーです。私はフィデュシャリー(受託者)として、投資の長期的な企業価値の最大化に寄与し得るガバナンスの取組みを奨励するために本書簡をお送りするものです。

昨年、当社は経営者の皆様に、長期的な価値創造に向けた経営戦略を株主に説明いただくとともに、それが取締役会で議論と承認を経たことを明示いただくようお願いしました。多くの企業がこれに応じて下さり、具体的な経営戦略のみならず、取締役の関与など戦略策定時の厳格なプロセスをご説明くださいました。その結果、株主は企業の長期経営戦略の内容やその進捗状況を適切に評価することができるようになりました。

過去一年の間に、低インフレやグローバル化の拡大など、長期経営戦略のベースとなっていた前提条件の多くが覆りました。ブレグジットを機に欧州のあり方が見直されており、中東情勢の混乱が世界に影響を及ぼしています。米国に目を転じると、リフレーション、金利上昇、新たな成長局面が見込まれます。また、トランプ大統領による新たな財政、税制、通商政策が経済情勢に広く影響を与えることが予想されています。

こうした変化の根底にあるのは、グローバル化と技術革新が労働者や地域社会に及ぼす影響への反発です。私は、グローバル化の恩恵は大きく、グローバル企業は世界の経済成長と繁栄のために重要な役割を果たしてきたと確信しております。しかしながら、その果実は必ずしも公平に分配されてきたわけではなく、高度なスキルを持ったとりわけ都市部の人材に偏っていたのです。

賃金上昇の格差に加えて、テクノロジーの進歩が労働市場のあり方を根底から覆しています。教育水準の高い従業員には新たな機会をもたらしていますが、熟練度の低い従業員の職は数百万単位で消滅しています。技術革新により役割を失った従業員の多くは、リタイアメントに向けた十分な貯蓄もありません。リタイアメント後に必要な資金の確保が、企業ではなく個々の従業員に求められるようになってきたことが、その一因として挙げられます。

こうした動向は世界の政治経済に甚大な影響を及ぼし、世界中のほぼ全てのグローバル企業が必然的に影響を受けることになります。そのため、企業は自らを取り巻く環境の変化をリアルタイムで把握し、柔軟に戦略を適応させていくことが重要です。

当社は本年の対話において、昨年起きた世界的な環境の変化を経営者の皆様がどのように認識して経営戦略に反映させているか、といった点に注目しています。具体的には、こうした変化が経営戦略にどのような影響を与えているのか、また新たな環境において方向転換が必要な場合にはどのような対応が考えられるのか、お伺いしたいと考えています。

ブラックロックは、長期の視点のもと企業と対話を行っています。当社のお客様の多くは、インデックス型投資を通じて企業株式を長期的に保有しており、インデックスに特定の銘柄が含まれる限り売却することができないことから、究極の長期投資家と言えるでしょう。当社はフィデュシャリー(受託者)として、コーポレートガバナンスを特に重視しています。そして、長期的な企業価値に影響を与え得る課題について対話や議決権行使を通じて意思表明します。アクティブ運用者によるETFの活用などインデックス型投資の拡大が続く中、企業と対話を重ね、社会に広く提言していくことが長期投資家の利益を保護する上で従前以上に重要となってきています。

当社は企業との積極的な関わりを通じて長期的な価値の創出に努めていますが、事業に細かく干渉しようとしているわけではありません。むしろ、長期的な価値創造に向けた取締役会の機能や責任を明確にすることを重視しています。また長期主義は、永続的な容認主義と同義ではありません。万一、対話を通じて進展が見られない場合、あるいはお客様の長期的な経済的利益を守ろうとする当社の主張に対する企業の説明や対応が不十分な場合には、取締役の選任や不適切な役員報酬に反対票を投じる場合もあります。

事業に関連する環境・社会・ガバナンス(ESG)は、企業が長期的な視野に立っていかに事業を推進しているか、重要な示唆を与えてくれます。ビジネスモデルや事業の持続可能性、環境への配慮、地域社会の一員としての役割など、長期的な成長に影響を及ぼす可能性がある要因を確認します。グローバル企業は、事業を展開する各々の市場において地域に根ざした存在であるべきです。

また当社は、研究開発、技術革新に加えて、従業員の能力開発や生活水準の向上に向けて企業が積極的に投資しているかについても注視しています。企業の長期的な繁栄のために従業員のやりがいと満足度がいかに重要であるかは、冒頭に述べた昨年の一連のイベントが物語っています。

多くの企業が長期主義を重視する姿勢を表明していますが、そのコミットメントに相反し、従来通り積極的な自社株買いが実施されています。実際、2016年7-9月期末までの12カ月間にS&P500指数構成企業による配当と自社株買いの総額は、その営業利益の総額を上回りました。余剰資金の株主還元には賛同しますが、将来の成長に向けた投資と資本還元とのバランスに配慮する必要があります。自社株買いは、資本コストや将来の成長に対する投資の長期的なリターンを最終的に上回ると確信できる場合にのみ実施するべきでしょう。

もちろん、民間の努力だけでは社会に悪影響を及ぼす短期主義の潮流を変えることは困難です。税制改革、インフラ投資、年金制度の強化など、長期的な目標の実現を後押しする政府の政策も望まれます。

米国では今年、税制改革が審議される予定ですが、短期保有よりも長期投資に真の意味で報いるキャピタルゲイン税制の導入が望まれます。1年という期間は、長期保有の視点からはあまりに短すぎます。保有3年目以降の利益を長期投資による利益として優遇し、保有期間に応じて段階的に税率を引き下げることも検討に値するでしょう。

税制改革に米国外からの資金還流に対する税率引き下げが盛り込まれた場合、当社は、企業が資金を米国に還流させる考えがあるのか、ある場合はその資金の使途、戦略的な位置づけ等を確認したいと考えています。例えば還流資金を単純に自社株買いの増額に充てるのか、あるいは株主への資本還元と将来の成長に向けた投資とのバランスを考慮した資本政策に組み込まれるのか、といったことを伺いたいと考えています。

トランプ大統領はインフラ投資に関心を示しています。これは、経済全体の生産性の向上と雇用の創出という二つの効果をもたらします。後者については、技術革新で職場を追われた労働者への雇用創出という側面が特に強いでしょう。しかし、インフラ投資は雇用喪失を一時的に緩和できたとしても、それだけでは課題の根本的な解決にはなりません。高度な技能を有する人材が不足し、技術職の確保に苦慮している企業は、研修や教育制度を充実させて人材を育成し、従業員に対する責務を果たさなければなりません。企業が近年の経済の変化による恩恵を十分に享受し、長期的な成長を維持するためには、収益の源泉である従業員の能力を高め、例えば、かつて機械を操作していた従業員がその機械のプログラミングを行えるよう支援する必要があります。

最後に、米国および世界の退職年金制度について申し上げます。企業年金の恩恵を享受するに至っていない多くの中小企業の従業員を含めた全ての従業員を対象とする安定した年金制度の確立に向けて、企業は動き始めるべきではないでしょうか。リタイアメントの危機は解決不能ではなく、打ち手はいくらでもあるように思います。例えば、自動登録や拠出率の自動引上げ制度、中小企業のための共同拠出型年金、さらにカナダやオーストラリアのような強制拠出モデルなども検討に値するでしょう。

もう一つの重要な点は、リタイアメントにいかに備えるか、従業員の理解を促すことです。従来の年金制度が確定拠出型に移行し従業員の責任が増していることを踏まえると、企業は年金制度の管理者として、従業員の金融知識を高める責務があるのではないでしょうか。資産運用会社も重要な役割を担っていますが、残念ながら資産運用業界全体として、これまで十分な役割を果たしているとは言えません。今こそテクノロジーを駆使して、人々が金融知識を十分に強化する機会を遍く提供し、資産運用のために適切な判断を下せるよう支援することが重要です。リタイアメントの課題を解決し、グローバル化の流れに適応する手助けをするためにも、従業員の退職後の生活保障が経済の安定に関わる共通の課題であるとの信念の下で企業は一段と努力し、行動する必要があります。

世界経済の繁栄とその果実の分配を通じた安定は、投資家、企業、政策決定者がともに長い時間をかけて取り組み、実現されるものです。企業経営者の皆様が事業戦略を策定される際には、世界で起きている変化の根底にあるダイナミズムを十分に意識いただきたいと切に願います。貴社と世界経済の繁栄は、そうした姿勢と覚悟にかかっているのだと考えます。

ブラックロック・インク
会長兼最高経営責任者(CEO)
ラリー・フィンク

Larry Fink
Chairman and Chief Executive Officer

MKTGH1019A-969298


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