~医療、介護、社会構造から高齢化とリタイアメント問題を考える~

認知症に打ち克つ
新薬開発と投資の課題

2016年3月 丸山 哲行 氏

最近英国で行われた調査によって、高齢化社会に突入する中で、人間は、自分が老いを重ねることや退職することよりも、認知症になることをより恐れていることが明らかになっています。関節炎、心疾患、そしてがんよりも怖いというのです。

なぜ認知症を恐れているのかといえば、これが招く様々な症状があまりにも深刻だからです。人間としての尊厳を奪われ、個性や記憶、感情が失われていきます。さらに認知症は自分だけではなく、周囲の人にも影響を及ぼします。感情面はもちろん、人とのやりとり、また働けなくなるという意味では金銭的な打撃も受けます。

そうした意味では、黒川先生が提唱されていた「認知症フレンド」というスローガンには若干反対していました。むしろ認知症にはなりたくない。認知症に敵対している立場にいるのではないでしょうか。

認知症が恐れられている理由としてもう1つ、効果的な治療方法が未だ見つかっていないことが挙げられます。また、近い将来も有効な治療法が現れる可能性はありません。がんは恐ろしい病気ですが、まだ希望が持てます。また、心臓病は薬などもあり、ライフスタイルを変えれば発症を減らすことができますが、認知症はそれができません。

このような大きな問題であるにもかかわらず、なぜ新薬開発に進展がみられないのでしょうか。その理由は、なかなか理解できない病気だからです。製薬企業で治療薬開発の最前線にいる人たちにとっては、あまりにもコストが高くつき、リスクが高いため、他の疾患にリソースを取られてしまうという懸念があります。

そしてもう1つ、この病気の研究の面で興味深いことがあります。アルツハイマーの発症の理由について、特定の仮説があるのですが、この分野に集まる資金の多くはこの仮説に注ぎ込まれています。しかしますますこの仮説が正しくはないのではないかという主張が強くなっています。

私はもともと神経科学の分野の出身で、認知症などを研究してきました。武田薬品工業で過ごした期間には様々なことを経験しました。それこそ免疫や心血管系や代謝の分野では多くの進展があり、これらをもって別の角度からアルツハイマーの治療が可能になるのではないかと思ったこともありました。しかし現在は資金も少なく、なかなかこうした分野にわたってまで研究が行われていないのが現状です。

認知症に向けた新薬開発への投資が喫緊の課題です。この投資を拡大することで、様々な仮説を試すこと、可能性の幅を広げること、そして、異なるタイプの治療法を開発することができます。もちろん、最終的にこの果実を享受するまでには何年もかかるかもしれません。新しいアイディアを特定してから薬という形で社会に届けるまでに時間がかかるからです。しかし、今こそがこのような取り組みをする絶好のタイミングだと考えています。

これには2つ理由があります。1つは、早く始めるほど成功もより早く実現できるからです。プロセスが難しいからといって待っていても何も始まりません。もう1つは、先述のポイントに戻りますが、このような開発に投資を進めていけば、認知症への恐怖を取り除くことができるからです。このような取り組みが行われている、開発パイプラインにあるということになれば、50~60代は希望が持てます。また、このラウンドテーブルで議論しているリタイアメントについても、人々は前向きに投資できるようになるでしょう。

ベンチャーキャピタルに何を期待すべきでしょうか。実は私も医薬品業界からベンチャーキャピタルに移ってきましたが、バイオメディカルの分野においては、ベンチャーキャピタルから供給される資金額よりもむしろ、どちらの方向にその資金が向けられているのかがより大きな問題です。もともとベンチャーキャピタルは一定期間にどれだけの投資リターンが得られるかということを軸に投資先を決定します。そうすると、認知症や高齢化に関わる様々な疾病に関してはリスクが高く、しかも成功までに時間がかかるということで、なかなか資金が向きにくいという問題があります。

私が参画する認知症研究基金であるDementia Discovery Fundという、英国の認知症研究所の研究開発に対するファンディングの例をあげると、投資家が一定のリターンを期待しつつも、長期的に投資することで認知症の薬品開発に成功をもたらすことができると考えて投資が行われているケースがあります。こういった投資が拡大することで、認知症の薬品開発に、より多くの資金が流れるようになると考えています。

こうした研究に十分な資金を回していくには、政策よりもマーケットを改革していく必要があります。認知症対策の世界にいる人たちは「人々の意識が低いから資金が入ってこない」と思っているようですが、私はそうは思いません。むしろアイディアが不足しているから資金が入ってこないように思います。山海さんのCYBERDYNEのように、実際にロボットを作って、こうやって人々の生活を助けることができる、ということを示せば資金は入ってくるはずです。単に口先だけのものとは違うと思うのです。

丸山 哲行 氏
Ph.D., Chief Scientific Officer, Dementia Discovery Fund,
SV Life Sciences, Managers, LLP
丸山 哲行 氏
Ph.D., Chief Scientific Officer, Dementia Discovery Fund,
SV Life Sciences, Managers, LLP