~金融と投資運用の観点から高齢化とリタイアメント問題を考える~

「長生きリスク」に備える
新たな私的年金の重要性

2016年3月 斎藤 勝利 氏

日本はここ数年の間、社会保障制度を維持するために、毎年40兆円もの国債を発行してきました。その結果、わが国の財政はいまや世界最悪の水準となっています。この状況が続くことで、金融市場、国民生活に大きな混乱が起こることが懸念されます。急激な高齢化が進展する中、いかに財政健全化を図るのか。世代間扶養を前提とした現在の社会保障制度をいかに持続可能なものにするのか。この課題については、「オールジャパン」で取り組む必要があると、経済人の1人として考えています。

「今後は、長生きリスクが最大のリスクで
あるとの認識が広まり、それに備えるための
保険商品が必要になってくるのではないか。
時代にあった私的年金を広めていくことが
使命だ」

斎藤 勝利 氏

公的年金については、マクロ経済スライドにより制度としての持続可能性は一定程度確保されているものの、年金受給者からすると実質的な受給額が引き下げられることから、いかに自助努力型の私的保障でカバーしていくのかが課題となります。さらに終身給付の課題もあります。日本では、終身給付である公的年金が長生きリスクへの備えとして機能してきました。しかし今後、マクロ経済スライドによって給付水準が低下していけば、長生きリスクが顕在化してくるでしょう。


終身年金については、「終身年金パズル」と呼ばれる、終身年金を選ぶことが合理的であるにも関わらず、実際には選択する人が少ないという現象があります。その理由には、家族に財産を残したいという遺産動機、あるいは早く死亡した場合の保険料の支払い損を回避したいという損失回避動機など、様々なものが挙げられていますが、決定的な理由は分かっていません。そのため、政策的なインセンティブのある一部の国を除き、世界的に終身年金市場があまり発達していないのが現状です。


このような課題の解決策の1つとして、生命保険協会では「長寿安心年金」の創設を提言しています。これは、公的年金を補完する私的年金に求められる機能である、終身性・安定性・普及可能性を前提としたものです。人は何歳まで生きるか予測ができないことを踏まえ、「終身給付機能」を盛り込み、運用の成果によって大きく減少することがない安定的な給付を目指しています。また、加入対象を全国民とし、シンプルで分かりやすい制度とすることで、広く国民に普及させることを目指しています。


この商品は公的年金の給付水準の低下を補いつつ、一定の所得を終身で確保するものであり、一方で有期年金(個人年金、企業年金)などの資産形成制度は「より豊かな生活を送るための資産形成」、さらには「公的年金開始までのつなぎ」として位置付けられるでしょう。


今回の生命保険協会の提言は、終身給付確保のための一例ですが、もう1つ米国の長寿年金(Longevity Annuity)についてご紹介しましょう。長寿年金とは、年金の支払い開始年齢を大幅に遅らせて、超高齢期になってからの支給を開始する個人年金です。具体的には、65歳の時に退職貯蓄の一部から一時払いの年金保険料を支払い、20年という長い据え置き期間を経た後、85歳になってから終身にわたって年金を受け取るといったものです。


典型的なものでは、年金開始前に亡くなった場合には死亡給付は支払われず、保険料は掛け捨てとなります。保険の専門用語になりますが、このような特徴の商品を「トンチン年金」と呼びます(下図参照)。17世紀にイタリア人のロレンツォ・トンチが、フランスにおいて国家財政建て直しのためにこのような年金を考案したことが名前の由来です。


長寿年金は、保険料の据え置き期間が長い上に、平均寿命を超える85歳という超高齢期からの年金受給となるため、比較的安い保険料で十分な額の年金を確保できます。ニューヨーク生命保険が販売している長寿年金の場合、65歳男性が10万ドルの保険料を一時払いで支払えば、85歳以降、毎年約5万2000ドルの年金を終身にわたって受け取ることができます(2016年3月現在)。損得で判断するものではありませんが、2年間年金を受け取れば元が取れる計算です。


長寿年金に加入すれば、年金開始前に全ての資産を使い切ったとしても、安心して老後の生活を送ることができます。高齢者が必要以上にお金をため込む必要がなくなる、ということは、経済の活性化の観点からもメリットがあります。


日本にはこうした長寿年金はまだありませんが、同様の商品を出した場合に、保険料と年金額がどの程度かを試算してみました。65歳男性が1000万円の保険料を一時払いすると、85歳から毎年約220万円の年金を終身にわたって受け取ることができます。(マイナス金利政策実施前の前提による試算)


日本の場合、現在の金利環境を反映して予定利率が低く、また平均余命も米国に比べて長いため、年金の受取額は相対的に少なくなりますが、それでも、長生きリスクをヘッジするという目的では有効な商品ではないでしょうか。


今後、日本では子供のいない夫婦や独身の高齢者が増えてくるでしょうが、こういった遺産動機があまりない方や、高齢者施設で暮らす予定の方にとって、長寿年金のニーズは高くなっていくと考えています。


私が保険会社に入社した頃は、貯蓄性の高い養老保険の販売が中心でした。これは、亡くなっても、満期になっても一時金が支払われるものです。保険料で損をしたくないというのが、当時の日本人の生命保険に対する見方でした。しかしその後、モータリゼーションの到来などにより、死亡リスクが最大のリスクとして捉えられ、掛け捨て保険でも構わないと割り切った考えが浸透してきました。同様に、今後は長生きリスクが最大のリスクとされ、掛け捨て年金でも構わないという時代が早晩来るのではないでしょうか。日本の生命保険会社としても、こうした商品の提供を通じて「長生きリスクが最大のリスク」という考えが国民に浸透するように、後押ししていく必要があると考えています。

ks

※上記はイメージ図です。

斎藤 勝利 氏
第一生命保険株式会社 代表取締役会長
斎藤 勝利 氏
第一生命保険株式会社 代表取締役会長