~医療、介護、社会構造から高齢化とリタイアメント問題を考える~

「プラチナ社会」の実現で
多様性の創出を

2016年3月 小宮山 宏 氏

人類は今、大きな転換期にあります。これまでの1万年ほどの歴史では、多くの人が24~25歳で亡くなり、70~80歳まで生きられるのはごく一部の豊かな人や、歴史に名を残すような人だけでした。しかし20世紀に入ってGDPは世界平均で6倍になり、満足に食べられる人が増えてきました。その結果、1900年に31歳だった世界の平均寿命は2011年には70歳を超え、「文明」という観点では成功しました。しかし人類は、高齢化や温暖化といった新たな問題を抱えるようになり、これまでのやり方を考え直さなければならない時に来ています。

「"アクティブシニアの社会参加は、本人の
ためのみではなく、社会にとって不可欠だ“
と考えることが、新たな価値観や社会像の
構築につながるのではないだろうか」

小宮山 宏 氏

高齢者が社会に参加し続けることが本人にとっても良いことだ、とは以前から言われてきました。私自身もそれが不可欠だと思うようになった事例を2つ紹介しましょう。

1つは前川製作所の事例です。ヒートポンプや冷凍機を作っている会社で、定年は60歳ですが、その後も会社にとどまる意思があり、かつ周囲の社員からも残っていてもよいと評価された人は、いつまで在職していてもよい決まりです。実際に、去年まで93歳の方が働いていたそうです。

世界的にニッチトップな製品を持つ同社ですが、そういった製品の多くは60歳以上の高齢者と現役世代の共同作業から生まれています。これは重要なことを示唆しています。現在の情報化されたグローバルな自由市場経済では、企業は四半期ごとにROEなどの成果を求められます。それこそ学校の先生から会社員まで、現役世代は業種を問わず忙しく、自分の仕事で手一杯で、社会のことなど考えている暇がありません。

一方で60歳以上の人は、給料が大きく下がる代わりに、責任あるラインにも入りません。ゆとりがあって、経験で蓄積した知恵があって、年金もあるので食べるのに困らない人たちが、社会に参加している。これが良いことなのです。

もう1つの事例は海士町です。島根県の隠岐諸島にある町ですが、7000人だった人口が過疎化で2000人近くにまで減少し、どうしようもない状況でした。そこで、年長者がリーダーシップを取り、就職のために一度は海士町を出た人たちが帰ってきて、地域再生に取り組みました。その際に重要だったのは、仕事を創ることです。仕事が生まれれば若者も戻ってきます。加えて、若者と一緒に仕事をする人の条件には、経験があって威張らないことを挙げました。

町にある島前高校は、少子化の影響で30人以下にまで入学者が減り、廃校寸前でした。今でも町に大学はないので、子供たちは大学生になると島を出ていくのですが、高校もなければ、子供たちは中学卒業とともに島から出ていってしまいます。そこで島の人たちが協力して、高校の再生に取り組み、見事に復活しました。入学希望者も増え、今では2クラスあって、半数ほどは島外から来る生徒になっているそうです。

高校生を招くにはさまざまな準備が必要です。寮はもちろん、相談相手になる人も必要です。これらの仕事を、これまでの経験と時間的ゆとりのある高齢者が担っています。現役世代ではなかなかできない仕事であり、高齢者にとっても生きがいになっています。高齢者の社会参加は不可欠ですが、そのためには従来の価値観を変えねばなりません。

人類は20世紀に共産主義という社会実験を行い、失敗しました。その後に自由市場経済が残りましたが、これも失敗したと言えるのではないでしょうか。大きな意味で世の中を変えていかなければなりませんが、その時に現役世代が忙しすぎて、短期的な視野でしか世の中を考えることができない、というのでは矛盾しています。やはり経験があって、若い人たちと一緒にやっていく意思のある高齢者の社会参加が不可欠です。


それに、現代の高齢者は肉体的にも元気です。東京都健康長寿医療センターが年齢別の歩行速度を定期的に測っています。歩くスピードがおおよその肉体年齢を示しているのですが、一昨年の70歳と20年前の59歳では、測定結果が同じでした。そもそも、15歳から64歳という生産年齢人口は工業化時代に定義されたもので、お金を稼ぐことがモノの生産に直結していた頃の話です。ナレッジベースの社会に移行している現在、65歳以上を負担側に入れる必要はなく、ニュートラルでもいいくらいです。

世界的にモノが飽和し、生産量が一定になりつつあります。例えば車で考えると、廃車した分だけ新車を作ればいいという状況です。その結果、生産性が上がり、必要な労働力は減少し、若者ですら仕事がなくなっています。量的には衣食住全てにおいて満足している中で、新たな仕事はクオリティを高めるものでなければいけません。前川製作所や海士町の事例は現役の仕事を奪っているわけではなく、高齢者が参加することで新たな仕事が創出されています。高齢者はそれほどお金を必要としないため、若者と競合しません。こうした仕事をプラチナ産業と呼んでいますが、プラチナ産業をどれだけ作っていけるかが今後は重要です。

社会は多様です。これまでは均一の製品を大量に生産してきました。産業革命は言い換えると、標準化の歴史でもあったわけです。それに対し「クオリティの高い人生」は国、地域、企業によって違います。多様性がこれからのキーワードです。日本は多様性で失敗しているところがあります。例えば新幹線の駅は、どの駅を見ても同じで、寝ていて目が覚めても、今着いた駅がどこなのかわかりません。多様性を失えば、旅をする意味もないでしょう。

プラチナ社会では多様性を尊重します。その中で様々な仕事が生まれ、Win-Winの関係が生まれることが失敗を避けることにつながるのではないでしょうか。

小宮山 宏 氏
株式会社三菱総合研究所 理事長
プラチナ構想ネットワーク 会長
第28代東京大学 総長
小宮山 宏 氏
株式会社三菱総合研究所 理事長
プラチナ構想ネットワーク 会長
第28代東京大学 総長